犬の甲状腺機能低下症の95%以上は甲状腺自体の病気によるものとされている。その原因として、免疫による甲状腺の破壊、または原因不明の甲状腺の萎縮が知られている。甲状腺組織の破壊または萎縮が75%を越えると臨床症状(以下参照)が発現する。
中年(4-10歳)の中型犬、大型犬に多く、トイ種、ミニチュア種には稀である。好発犬種はグレートデン、オールドイングリッシュシープドッグ、ドーベルマン、ダックスフント、アイリッシュセッター、ミニチュアシュナウザー、ゴールデンレトリバー、ボクサー、コッカスパニエル、エアデールテリアとされている。これらの犬種では遺伝性の自己免疫疾患が起こるようである。雌雄差はないようであるが、雌では通常の雌犬よりも避妊済みの雌の方で甲状腺機能低下症が多い。甲状腺機能低下症はどんな病気にもみえるといわれているほど、症状は多岐にわたり、またはっきりしないものも多い。要は全身の代謝に重要な甲状腺ホルモンが出なくなるために、症状は全身にわたる。ボーっとしているとか、動きがにぶいなどは本症を疑う重要な所見になる。最も多くみられる外観上の変化は、皮膚および被毛の変化である。脱毛がみられることが多いが、クッシング症候群でみられるような顕著な体幹の左右対称の脱毛はむしろまれで、局所性のことも非対称性のこともある。ラットテイルと呼ばれる尾の脱毛もみられることがある。また被毛は容易に抜け、再生も遅い。残っている被毛は細いものが多く、もろく、パピーコートと呼ばれる子犬の被毛の外観である。さらに色素沈着(黒色化)、肥厚や脂漏症を伴うことも多い。脂漏症は乾性の場合も湿性の場合もある。また顔面に水腫とよばれる水がたまった状態が起こると悲しみの顔あるいは哀れな顔と称される特徴的な外観になる。皮膚や外耳の再発する感染症もよくみられる。
診断は甲状腺ホルモンの測定だけでは難しいため、追加の検査も行われることが多い。すなわち真の甲状腺機能低下症で甲状腺ホルモンが低いのか、他の病気によりホルモンが低値を示しているのか鑑別が必要である。甲状腺機能が正常であっても、老齢、飢餓、手術や麻酔処置後、糖尿病、クッシング症候群、アジソン病、腎疾患、肝疾患、ジステンパー、各種皮膚炎、全身性感染症、脊椎板疾患、免疫介在性溶血性貧血、心不全、リンパ腫などで甲状腺ホルモンは低下する。このようなものに甲状腺ホルモンの補給を行っても、病気の治療とはならない。追加検査で甲状腺機能低下症がほぼ間違いのないことがわかったならば甲状腺ホルモン製剤を投与して、治療への反応をみる。行動は普通1週間で改善されるが、皮膚や被毛の変化の改善には6週間の観察が必要である。改善がみられているならば、次に用量の調節を行って、ホルモン補給療法を続ける。