下痢とは、正確には水分の多い便の排泄のことですが、これに加えてやや柔らかい便、量が多くなった便、頻繁に便をするなどという場合も下痢として扱われます。そして下痢の状態を表す言葉として、水様の、血液が混じった、悪臭の、射出性の(ぴゅっと飛び出す)などが使われます。また、急に下痢をするようになった場合が急性の下痢で、治療を行っても2-3週間も続くようになったものが慢性の下痢です。
下痢は小腸に異常があっても大腸に異常があっても起こります。そして原因は腸自体の病気、感染、異物その他様々です。原因が異なっても最終的な症状は下痢として現れるので、獣医師が正しく診断し治療するためには、どこに異常があるのか、何が原因なのかを知ることが必要です。したがって、猫の体を調べたり、便を調べたりする以外にも、多くの情報が必要です。このため、いろいろな質問に正しく答えられれば、正確な診断の第一歩が望めます。すぐに病院に行くかどうかの判断は、症状の激しさで決めるとよいでしょう。多量の血液が出ている場合、脱水がひどい場合、中毒の可能性がある場合はすぐ連絡してください。
下痢の原因を探る場合、まず急性の下痢か慢性の下痢かを判断することから始めます。もちろんいま始まったというものは急性ですが、本来慢性化する病気がいま始まったということもあるので、治療を行いながら経過をみて判断することもよくあります。次に下痢が小腸で起こっているのか、大腸で起こっているのかを区別する必要があります。このために獣医師はいくつかの質問で小腸性の下痢と大腸性の下痢を鑑別します。表に示した質問項目にできるだけ答えられるようにしてください。質問に答えられない場合には、下痢をするところを獣医師が観察しなくてはならない場合もあります。そして次に、全身症状(すなわちぐったりする、食欲がまったくない、発熱、嘔吐など)があるかないかも重要な区別になります。
急性の下痢で元気も食欲もある場合には、小腸でも大腸でもそれほど深刻な病気はありません。食事の問題、腸内寄生虫、ごみあさり、薬物などが原因です。したがって検査としても、身体検査と便の検査だけで済むことが多いものです。若い猫では回虫やコクシジウムなどの寄生虫がよくあります。したがってそれらが便の検査で発見されれば、それに対する薬を出してたいていそれで治ってしまいます。とえりあえず対症療法で下痢を止める処置をしてみることもよくあります。そして脱水などに対する治療も行います。
しかし急性のもので、元気がない、熱がある、嘔吐、おなかが痛そうなどの全身症状を伴っている場合には、もう少し深刻な感染症、中毒、膵臓の病気などが疑われます。このため、検査の範囲もかなり広がり、便の検査に加えて、全身を調べるための血液検査、血液化学検査、尿検査、時には便の細菌培養も必要になります。そもそも猫の急性の下痢は犬ほどは多くないようですが、感染症によるものが比率としては多いようで、ウイルス性、細菌性、寄生虫性がみられます。その他猫の遊びで紐を飲んだ場合などがあげられます。猫はあまり変な食べ物は口にしないので、犬ほどはごみあさりによる下痢は少なく、また急性膵炎も多くありません。
下痢が2-3週間も続くようになったものは慢性の下痢として別のアプローチがとられます。
下痢の原因としては小腸も大腸も考えられますので、正しい治療のためには、どこにどのような原因があるのか診断することが重要です。とくに慢性の下痢の場合は対症療法でよくならないことが多いので、じっくりと原因を追及することが必要なのです。
まず小腸で起こっているのか、大腸で起こっているのかを区別するためには、どのような下痢か、どのような動作で下痢をするかでわかることが多いので、病院では獣医師の質問に答えられるようにしておくと答も早く出るでしょう。
まず便の様子は、軟かい軟便なのかそれとも下痢なのか、あるいは水のような便なのかです。そして下痢便の量は多いかどうかも重要です。一般に小腸に問題がある場合には多く、大腸の問題の場合は普通か少な目なものです。1日何回くらい下痢をするのかも記録しておきましょう。小腸の場合はやや回数は多く、大腸の場合は量は少なくても回数が非常に多いのが特徴です。
下痢をするとき猫はきばるかどうかもよく観察しておきます。きばる場合には肛門に圧力が加わって下痢便が肛門から勢いよく飛び出します。これが大腸の下痢の特徴です。さらに下痢便に血が混じっているか、あるいは黒い色かも問題です。赤いのは出血がある証拠で大腸の問題、タールのように黒いのはずっと上の方すなわち小腸で出血している証拠です。下痢便に粘液が混じっているかどうかは、混じっている場合には大腸の問題が疑われます。前より激しく痩せてきたかどうかも、小腸性の場合によく体重減少がみられるので鑑別に役立ちます。その他の情報として便の検査もよく行われます。
小腸の問題か大腸の問題かわかったところで、それぞれにとても多くの病気が考えられますので、1つ1つ原因を検討して消してゆかなければなりません。小腸性の下痢では腸自体の病気、膵臓の病気、肝臓の病気、そして甲状腺の病気を区別する必要があります。したがって、血液検査、血液化学検査、便の精密検査、膵臓機能の検査、甲状腺の検査、レントゲンと、内視鏡および腸の生検が必要になることがあります。とくに慢性の腸の病気には慢性腸炎や腫瘍が数多く含まれるので、生検によって組織をとって、顕微鏡で検査することも多くあります。
大腸性の場合も炎症、腫瘍、異物など様々で、膵臓の精密検査は行わないかわりに、造影剤を飲んでレントゲンをとったり、内視鏡で生検を行ったり多くの検査が行われます。
もちろん飼い主の経済的負担や猫に対するストレスも十分考慮して、最初は食事を変更したり、対症療法を行ったり、簡単な検査から先に行ったりしますが、それらで診断がつかなかったり治らない場合には、これらの検査がどうしても必要になります。またネコ免疫不全ウイルス、ネコ白血病ウイルス、ネコ伝染性腹膜炎ウイルスの3つの検査も必要になります。
このように、下痢の診断も、慢性になった場合はとても大変で、原因を突き止めるのに苦労することがあります。単純に下痢を薬で抑えれば終わりということではなく、根本的な原因を治療しないと下痢は止まらないことが多いのです。このような場合、検査にはかなりの時間と金額がかかることを理解しておく必要があります。
猫も家族の一員ですから、完全な医療を受けさせてあげるのは飼い主の責任でしょう。また中年以降には年1回の猫ドックを行って、病気の早期発見につとめましょう。そして、下痢のようなはっきりわかる症状がみられる場合には、よく観察し、素人療法は避けて(絶対に人間用の薬は家庭では飲ませないでください)、すぐに病院に行くようにしてください。
■病院に行くかどうかの判断(1つでもあれば獣医師に相談を)
(このうち多量の血液が出ている場合、脱水がひどい場合、中毒の可能性がある場合はすぐ連絡した方がよい)
■「猫の下痢」チェックリスト-病院で聞かれたら答えられますか