猫の飼い主として「吐く」という異常な症状を発見することが多いと思われますが、厳密には吐きそうな動作はするが吐かない、食べたものをすぐに吐く、食べた後にゲーゲー吐くなど、違った症状が含まれています。これらは病気としては違うものであったり、原因が違うこともあるので、獣医師が正しく診断するためには、正しい情報を伝える必要があります。一般に吐くというと胃や腸の病気を想像しがちですが、実は全身の病気、神経の病気、あるいは精神的な病気などが原因であることも少なくないので、長い間あるいは激しく吐いている動物については多くの検査が必要で、診断も難しいことがあるということを知っておいてください。また原因が何であれ、吐くことによって体の中の水分やミネラルが体外に失われて危険な状態になることがあり、また体力もかなり消耗するので、原因を追及すること以外にも緊急の処置が必要な場合がよくあります。
猫が吐いている場合、あるいは吐こうとする動作をしているようにみえる場合、それをよく観察してください。実際に口から食べたもの、あるいは胃の内容が吐き出された場合でも、本当の「嘔吐」である場合と、「吐出」の場合があります。嘔吐の場合は、実際に吐き出す前におなかの筋肉や横隔膜が収縮して、強力な力で胃の内容が吐き出されます。そしてゲーゲーする状態や、よだれを伴います。それに対して吐出というのは、何の力もなくすっと食べたばかりのものが戻されます。猫はけろっとしていることが多く、全身的に病気にみえたり脱水が起こったりすることはまずありません。吐出というのは実際には胃の中まで食事は達していなくて、食道から戻ってくるものなのです。ただし食道の中にしばらくとどまっていて吐くこともあるため、必ず食後直ちにというわけではありません。吐出で吐いた後にゲーゲーすることはあります。また「嚥下困難」という状態では食べたものが中に入って行けない異常なので、食べた後にすぐ戻されます。これでも別に力で戻されるわけではなく、すんなり出てくるのが特徴です。戻した後にはよだれがみられることもあります。その他咳と吐く動作をまちがえることもよくあります。またせき込んだ後に気持ちが悪くなって本当に嘔吐がみられる場合もあるので、咳のあるなしを獣医師に伝えることも重要です。
吐出や嚥下困難は、口から食道、胃の入り口にかけての異常で、食物が通りにくくなっているのが原因です。したがって、全身の様々な病気からきていることは少なく、猫は元気にみえることが多いものです。ただし長く続けば栄養がとれなくなるし、また治療にも手術が必要なことが多く、決して見逃しておいてよいものではありません。
時に急いで食べて吐出や嘔吐したり、あるいは毛玉を吐く猫もあります。このため猫が吐くのをみることは比較的多く、飼い主も「また吐いてる」程度にしか思わないこともよくあります。しかしながら毛玉を頻繁に吐くこと自体異常なことですから、そのような場合にはぜひとも診察を受けた方がよいでしょう。また食べた後よく吐く、とくに毎日吐くなどという場合はやはり診察が必要です。
病院に行くかどうかの目安は、まず第一に、急で激しい嘔吐かどうかということです。1日に何回も嘔吐していれば、水分も失われるのでそれだけで病院に行く必要があります。そして第二に全身症状があるかということです。元気と食欲がなくぐったりした様子で吐いている場合には、様々な全身の病気が疑われるのでぜひ病院に行ってください。それから吐いたものの中に多くの血が混じっている場合はすぐに病院に行く必要があります。それまで元気で急に吐きだした場合は、異物を飲んだ可能性、中毒なども考えなくてはなりません。とくに紐で遊んでいてそれを飲んだ場合、紐の端が舌に引っかかり、腸が引っ張られてとても危険な状態になります。紐やゴムなどレントゲンに写らないものは診断が難しく、おなかを手術で開けなくてはならないこともよくあります。
あまり激しくなくても、長く続いている場合は慢性の嘔吐であり、病院で詳しく原因を調べる必要があります。毎日食事の後に必ず吐くなどという場合はこれに当てはまります。嘔吐の原因には、口の中の問題(咽頭や喉頭の炎症-のどの奥に指を入れると吐き気を催すのと同じ)、胃腸の病気(胃腸炎、ウイルス、寄生虫をはじめ、潰瘍、ガン、捻転、薬物、食事、異物など様々な原因)、胃腸以外のおなかの中の臓器の異常(膵臓、肝臓、腎臓、子宮などの病気や腹膜炎など)、全身疾患または代謝の病気(糖尿病、尿毒症、肝臓病、副腎の異常、中毒など)、神経系の病気(脳の病気、心理的な問題など)があります。したがって、これらを正しく診断するには、レントゲン検査、造影検査(人間でも行うバリウムを飲む検査)、内視鏡検査(胃カメラと呼ばれるもの)、超音波検査(エコー検査)、さらに血液検査(貧血がないか、炎症はないか、白血病を疑う細胞はでていないかなどを検査)、尿検査(腎臓病、膀胱炎や糖尿病のための検査)、糞便検査(消化の状態、寄生虫、細菌などの検査)、血液化学検査(肝臓や腎臓など全身にわたる検査)、ウイルス検査(ネコ白血病ウイルス、ネコ免疫不全ウイルス、ネコ伝染性腹膜炎ウイルス)を行い、必要な場合にはおなかを開けて検査することもあります。また、内視鏡で胃腸の組織をとってきて顕微鏡で検査することもよくあります。もちろんおなかをさわっただけで、中にごりごりとしたしこりがあるのがわかってしまう場合もあります。したがってどれだけの検査が必要かはケースバイケースで異なるでしょう。
このように、「吐く」というだけでも原因を突き止めるのは大変なことがあります。単純に吐くのを薬で抑えれば終わりということではなく、根本的な原因を治療しないと吐くのは止まらないことがあります。このような場合、検査にはかなりの時間と金額がかかることを理解してください。現在では人間の医療に近いレベルまで検査や治療が行われるようになっています。家族の一員の病気ですから、完全な医療を受けさせてあげるのは飼い主の責任でしょう。しかしながら簡単な場合には、症状を抑える処置と水の補給程度で治ってしまうこともよくあります。したがって、猫はよく吐くという迷信は捨てて、吐いているようならよく観察し、重大な問題、あるいは長く続く問題としての疑いが少しでもあれば、すぐに病院に行くようにしてください。
■病院に行くかどうかの判断(1つでもあれば獣医師に相談を)
■「猫が吐く」チェックリスト-病院で聞かれたら答えられますか