猫の病気とストレスは密接な関係にあります。いいかえれば、ストレスをさけた生活をしていれば、まずもって病気の予防になるといえます。
猫は何でストレスを感じるのでしょうか。それは猫のいちばん気にすることを考えればわかります。猫がいちばん気にかけていること、それは自分の生活環境、あるいは縄張りでしょう。したがって、自分の住む環境が気に入らない、「侵入者」がいる、自分だけが落ちつく環境を作れない、などがいちばんのストレスになるのです。
たとえば、引っ越しして環境が変わった、見知らぬ人が同居するようになった、家の中に他の猫がやってきた、家の中に猫が大勢いて、自分の落ちつける場所が少ない、などが家の中を縄張りとする猫のストレス要因です。また外に出る猫ならば、家の回りを縄張りとしているところに新しい猫、それも勝てそうもないのが侵入してきた場合、やはりストレスを感じるでしょう。猫は外には出さないのが正しい飼い方ですが、確かに今まで出していたのを急に閉じこめてしまうと、これもストレスになるでしょう。この場合は外の縄張りを見回りに行かなければ気がすまないのですからストレスを感じます。したがって、外に出ていた猫を家の中で飼うようにするには、避妊・去勢手術を行ったり、徐々に慣らしたり、あるいは場合によってはトランキライザー(精神安定薬)を使ったりする必要があるでしょう。その他環境に関することとして、工事や交通の騒音が急に激しくなった場合、また寒冷などの自然の要因もあげられます。猫は毛皮をまとっていて寒さには強そうですが、家の中の温かい環境に慣れていれば、当然ストレスを感じます。
このようにストレス要因をさぐってみると、猫は環境の急激な変化を望まないことがわかります。そしてその環境の中の最も重要な問題が縄張りなのです。また自由な暮らしというのも、猫の環境として重要です。
こうしてみると、人間の生活に必要な条件ともかなり共通していることがわかります。人間でも、環境が悪く、侵入者があったり、自分の住処が危険にさらされたり、騒音に悩まされれば、大きなストレスを感じることでしょう。ただし人間には、いぬ派と猫派がいます。いぬ派の人間はいぬ同様、主従関係の維持を好みます。したがって誰かに従属すること、あるいは組織に属すること自体が安心につながります。しかしながら、猫派人間と猫は、自由と自分の生活をいちばん大切に思います。したがって猫にとっては、日中飼い主がでかけて孤独というのはストレスになりません。かえって、さみしいだろうというおせっかいから、いぬを一緒に飼うようにするなどというのが、よけいストレスの原因になることもあります。
その他のストレス要因としては、重労働のようなことがあげられます。この代表が子育てです。出産も労働ですし、また授乳も肉体的にきつい仕事です。そして病的なストレス要因は、病気全般です。ストレスが病気の原因になり、また病気がストレスの原因になるのです。これには激しい下痢や嘔吐、呼吸困難、発熱その他の苦しみを伴う病気が含まれます。
ストレスのサインは何でしょうか。まず猫がいつもおびえている様子なら確実にストレスが予想されます。すみにうずくまって出てこない、耳はいつも後ろを向いているなどが典型的なサインです。
場合によっては不適当な排泄行動、すなわち便所以外で用を足すという症状がみられる場合もあります。また食欲不振は様々な病気でみられる症状ですが、ストレス時にもみられることがあります。自分の体をなめて、円形脱毛のように毛が抜けることもあります。ただし猫は、かゆみに対しても、なめる場合があるのでしっかりした診断が必要です。またおなかの毛が薄くなる脱毛症、対称性脱毛症の原因の一つにもストレスがあげられます。もちろん、アレルギー、寄生虫感染、細菌感染、真菌(皮膚糸状菌)感染、性ホルモンまたは他のホルモンの失調なども原因としては重要です。
病院での検査でもストレスはわかります。血液検査で白血球の仲間のリンパ球や好酸球の数をみて減っていればストレスがわかります。ところでリンパ球というのは、体の中で病気と戦う免疫を司る重要な白血球です。ワクチンをうって病気にかからなくなるのは、リンパ球の働きによるものなのです。したがって、リンパ球が減るということは、免疫力の低下を意味しているのです。免疫力の低下、あるいは免疫のバランスの崩れがウイルス病や細菌感染を引き起こしたり悪化せせます。代表的な病気は猫伝染性腹膜炎(FIP)です。この病気はウイルスにかかっただけでは普通発病せずに治ってしまいますが、過密な環境で飼育されている猫には発病が多く、ストレスとの関連が示されています。またヘルペスウイルスによる鼻気管炎の再発も、ストレスと関係あるといわれています。人間のヘルペスウイルスもストレスで暴れ出すことはよく知られています。
ストレスで発病したり病気が悪化するのは感染症ばかりではありません。ストレスが病気の進行の鍵をにぎる代表的なものは慢性腎不全でしょう。慢性腎不全は老齢の猫には多い病気ですが、それまで病気を持ちながらも腎臓の機能が維持されていた場合に、ストレスにより急に悪化することがあります。さらに悪性の腫瘍(がん)も、その発生の予防には免疫が深く関わっているので、ストレスが続くとがんが起こりやすいということがもしかしたらあるかもしれません。ただ、猫には胃ガンが少ないことを考えると、どうも猫は胃でストレスを受けとめるのではないようです。
猫が好きで飼っている人はたいてい猫派の人間です。自分にとって何がストレスかもう一度考えてみましょう。そうすれば猫のストレスもいっそう理解できるかもしれません。