心臓の左心房と左心室の間にある僧帽弁という弁の異常で、老年期に後天的に発生する、犬の心臓病では最も多いものである。とくにマルチーズ、ポメラニアン、ヨークシャーテリアといった小型犬に多く、小型犬の欝血性心不全の95%はこの病気である。発生は年齢とともに増加し16歳になると75%がこの病気を持つと言われている。またキャバリアキングチャールススパニエルでは1歳ですでに33%がこの病気を持ち、4歳以上では60%にもみられる。弁や弁を動かすための構造が変性を起こし、しっかりと弁がしまらなくなるために、左心室が収縮して全身に血液を送り出すときに、左心房の方に血液が逆流してしまう。この時点で疲れやすいなどの症状が徐々に発現する。左心室からの血液の逆流の影響で左心房は肥大する。臨床症状で一番目立つせきは、左心房の肥大で左側の気管支が圧迫されることによる。さらに左心房に流れ込む肺からの血管にも影響が及び、それが肺に影響を及ぼし、肺水腫や右心系の異常も起こる。右心系の異常が起こると、今度は心臓に戻る血液の欝滞が起こり、胸水や腹水がたまるようになる。また肺水腫が急激に起こり、心臓の収縮リズムも異常になると死亡することが多い。
中年から(5-7歳)弁の疾患は進行しているが、症状が顕著になるのは10歳以上の老年期に入ってからであり、症状を示さないまま別の老人性の病気で死亡することも多いので、この疾患は多いながらも必ずしも気づかれるとは限らない。症状の代表は響くようなせきで、夜間や運動時にみられる。また肺の中に水がたまり始めると、気管支内に分泌液がでるようになってこれもせきの原因となる。さらに肺の異常があれば呼吸が苦しく、早くなる。体を横にして寝るのは苦しくなり、胸を下に(胸骨を床につけた形で)寝るようになる。運動をしなくなり、元気食欲も低下気味で、意識もややにぶくなる。末期には激しいせき、倒れる、昏睡などの症状もみられる。
診断はレントゲン、心電図、エコーなどで確認されるが、効果的な予防、治療法は現在の所なく、症状の改善、生命の質を保つ(少しでも気分良く生活できる)治療が行われる。血管を拡張させる薬、心臓の収縮を高める薬、利尿効果を高めて体の中の余分な水分を減少させる薬などが投与される。食事療法として心臓病用の療法食も病院で求めることができるが、これは心臓病の犬に補助的に与えるもので、これで治療ができるものではないことを知っておきたい。老齢犬のシャンプーやトリミングは心臓病の状態を把握しているホームドクターの所に依頼するのが安全である。